偽史邪神殿

なんでも書きます

小説/ヴァーチャルプロクター

  
 起立、気を付け。
 おはよう、諸君。私が君たちに講義を行うのはこれが初めてとなる。
 まず私の仕事について説明せねばなるまい。
 必要なのは何をおいてもまず、ヴァーチャルユーチューバーだ。

 ヴァーチャルユーチューバーが世に広まったのは2010年代後半とされている。その起源については諸説あるが、詳しいことは配布資料35頁を参照していただきたい。ここに来た諸君にとっては既知の事柄も多いと思うが……。

 

〈配布資料35頁より〉
「―― ヴァーチャルユーチューバーのブームがどこから始まったか、という議論については専門家の間でも意見が割れる。当然のじゃロリおじさんがバズったところを節目とする見方もあるし、ほとんど時を同じくして輝夜月が流星のごとく現れたことが着火剤になったとする見方もある。
 ※アンドリュー・パーカーが提唱した、いわゆる光スイッチ説。
当然草分け的存在としてキズナアイを上げる向きもあれば、さらにそれ以前からブームの土壌がつくられていたとする意見もある。
 ※「ポン子なくしてキズナアイなし」とするピレンヌテーゼで知られるアンリ・ピレンヌなど。 ――」

 

 こうした不毛な議論はさておき、ヴァーチャルユーチューバーが従来の配信者や映像作品とは異質な立ち位置にあることは理解していただけるだろう。ここで、その立ち位置を模式的にまとめておく。

 

〈板書 図Ⅰより〉


 この概念図を見れば分かるように、ヴァーチャルユーチューバーという存在は製作者側からも視聴者側からも離れた位置にある。そしてさらに、ヴァーチャルユーチューバーを挟んで、製作者側と視聴者側はある意味対等の地位に置かれているということが明らかとなってくるのだ。
 なに? 製作者側と視聴者側が対等とは思えない、と言うのか?
 気持ちは分かるがよく考えてみたまえ。ヴァーチャルユーチューバーとはあくまで人格である。それを形作ったのは製作者側であろう。しかし、製作者側が配信開始後にその人格を改竄することは、少なくともヴァーチャルユーチューバーの設定上不可能だ。無論例外はある。しかし多くの場合そうなっている。
 話を進めよう。
 加えて注目してほしいのは、製作者側の存在が設定上視聴者から秘匿されているケースについてだ。ヴァーチャルユーチューバーという仮想の個人が配信している、という設定上はある程度“舞台裏”の部分を隠さなくてはならない。一方で視聴者側としては表向き隠されている舞台裏部分について承知したうえで動画を見ることになる。
 今後の議論のために、ヴァーチャルユーチューバーの特徴としてこの二点、対等関係と舞台裏の秘匿について覚えておいていただきたい。

 さて、優秀な諸君はそろそろお気づきのことと思う。先ほどの概念図は諸君の知るあるものと酷似しているのだ。

 

 そう。

 大学受験である。

 


〈板書 図Ⅱより〉

 


 これは2020年に当時の当大学学長である万丈カグラが提唱した理論に基づく概念図、いわゆるカグラチャートだ。発表当初、学会はこの理論を牽強付会として一蹴し、万丈は発狂したとまで揶揄された。しかし、この理論が今日、すなわち2030年2月現在における教育システムの中枢を形作ったことは諸君の知る通りである。

 

 さて、先ほど私はヴァーチャルユーチューバーの特徴として二点あげた。対等関係と舞台裏の秘匿である。
 これは大学受験にも当然当てはまる。
 第一に、大学と生徒は入試問題を挟んで対等の位置にある。生徒側が入試問題に介入できないのと同じように、問題を作成する大学側も完成した入試問題に介入することはできない。かつては大学側が作問ミスを犯し、さらには一年間に渡ってその事実を放置するという事態も起こった。大学側はこれについて適切な対応を怠ったが、これは既に出題された入試問題について大学側が無力であることを否認しようとした結果である。
 第二に、大学入試作成の過程や、採点の過程は生徒側には秘匿された状況で行われる。これは、入試実施における公平性の維持には不可欠な過程であり、生徒側にとっても舞台裏の秘匿は重要な意味を持っている。
 加えて、入試とは言わば「大学入学後に生徒が望ましいパフォーマンスをしうるか」という点を仮想された状況においてシミュレートする役割を持つ。

 以上のことから、大学入試とヴァーチャルユーチューバーの親和性については十分理解いただけたかと思う。重要なのはここからだ。
 カグラチャートを考案した万丈カグラは、さらにその理論を発展させ、ついに一つの画期的発明に至る。

 

 その発明とは、大学入試とヴァーチャルユーチューバーを融合させるということ。

 

 仮想入試監督者ヴァーチャルプロクターだ。

 

 AI技術の発達により、2030年現在において専門的知識の重要性は急速に薄れつつあり、読解力や表現力が重要性を増してきたことは言うまでもない。当然ある程度の知識は年数回に渡り行われる、小テストで問われているが、大学入試において特に重要なのはその知識を活用する能力をいかに図るかということだった。
 仮想入試監督者ヴァーチャルプロクターは、それ自体が一つの入試問題である。2020年代以降急速に発達したVR技術により、主要大学はそれぞれに仮想入試監督者を開発し、受験生はヴァーチャル空間において仮想入試監督者が出題する“問”に解答する形で受験を行うようになった。問題への解答は口頭試問から記述まで多岐に渡り、同時に解答中の受験生の脳波を計測することでより正確な採点を可能にした。旧来の教科区分や文理の垣根が崩壊したこともあり、仮想入試監督者のシステムはわが国全体へと広がりつつある。

 

 おっとそろそろ時間が来たようだ。
 では“問”を出題するとしよう。
「学生の学びについて審査する方法として、どういったものが望ましいのか。本講義全体をふまえて100字から120字以内で記せ」
 これで私からの出題は終わりだ。諸君の検討を祈る。

 

 T***大学仮想入試監督者ヴァーチャルプロクター、南方美熊による試験は以上だ。
 気を付け。着席。

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 以上の文章を読んで次の問いに答えなさい。

第一問 私たちが得たものは何か。本文中の言葉を使い60字以内で書きなさい。

第二問 私たちが失ったものは何か。本文中の言葉を使い60字以内で書きなさい。

第三問 ヴァーチャルユーチューバーとは何であるか。本文から5字以内で抜き出せ。


(出典:T***大学2019年度入試問題)