偽史邪神殿

なんでも書きます

オッドタクシーとHIPHOP

「オッドタクシー」は2021年春絶賛放送中のアニメだ。脚本・映像感覚・テンポなど様々な点で優れている作品であり、特に個人的にはミステリ的な興趣に心を惹かれるのだが、そうしたドラマ面での面白さについてはいつかどこか別の場所で話すとして、今回はHIPHOPの話をしたいと思う。

 なおこの記事ではマニアックな話をしていくけれども、「オッドタクシー」自体はなーんにも考えずに楽しめる最高のアニメなので、この記事がつまらなからといって愛想を尽かさないでほしい。本当に万人におすすめできる良いアニメです。

 


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 さてこの「オッドタクシー」というアニメ。自分の身の回りではあまり話題になっていなくて、第六話放映時くらいまで名前すら知らなかったのだが、見るきっかけになったのが上の動画(My Name is - ヤノfeat.PUNPEE)だ。

 元々個人的にHIPHOPが好きだというのもあって、もちろんPUNPEEやSUMMITのこともなんとなく追いかけてはいたんだけれども、そんななかで唐突にこの動画が出てきたわけである。なんだこれは。聞いてみると「オッドタクシー」というアニメの登場人物であるヤノの作中曲的位置づけらしい。しかもPUNPEE本人がhookを歌ってる! さらに言えばヤノ役はプロのラッパーであるMETEORと来てる。

 そんなアニメがあるのか!

 さらに調べてみると「オッドタクシー」はあの「セトウツミ」で有名な漫画家・此元和津也が脚本をつとめるミステリーだという……なんという奇跡的なコラボレーション……アボガドと醤油みたいな海を越えたマリアージュ……いや海は越えてないが。

 で、このアニメのすごいところはPUNPEE、METEORをはじめとするHIPHOPアーティストが、単に楽曲提供というだけでなくがっつり製作に関わっていることである。そのあたりの細かいところは↓の記事に詳しい。

kai-you.net

 また↓の記事にはアニメ製作チームとHIPHOPサイドの協力体制の深さが書かれている。

【座談会】木下麦 × OMSB × PUNPEE × VaVa 『オッドタクシー』| アニメのサントラの作り方 - FNMNL (フェノメナル)

 ……という感じで、専門知識的なところは上の記事を読めばかなり良くまとまっているので、この記事では個人的に「すげー」と思ったところをまとめていこうと思う。

 

生のHIPHOP

 そもそも皆さん、ラップって聞きますか?

 HIPHOP≒ラップミュージックは米国では最も流行っている音楽ジャンルだと言われているし、日本でもかなり理解が進んでいる(現在進行系)と思うが、それにしてもやっぱり門外漢からすればよくわからない存在であるのは間違いない。特にアニメという媒体でHIPHOPを扱うことの難しさには、やはり「HIPHOPに対する無理解」という問題が巨大な壁としてそびえ立っている。

 そもそもカッコいいHIPHOP、イケてるHIPHOPというものを「体験」したことがないひとにとってはラップ自体がなんかギャグっぽく映ってしまうのはしょうがないことだと思っていて、実際ドラマとかアニメとかでラッパーが出てくるとそれだけでギャグになってしまうことは多い(皆さん思い当たることがたくさんあるでしょう)。


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↑「ゾンビランドサガ」のラップバトルはかなりよく出来ていた部類だと思うけど、これを見てHIPHOPへの理解が深まったりするわけではないと思う。

 一方で、「ヒプノシスマイク」のように割とHIPHOP文化をよく理解した上でコンテンツとして組み上げてくる作品も出てきている*1。だがヒプマイはかなり独自色の強い世界観の作品であり、作中人物たちを取り巻く環境が現実のHIPHOPの状況とは大きく異なる。それがヒプマイの魅力でもあるのだが、同時に「ねじれ」でもあると思う。ヒプノシスマイクにおいては作品世界にHIPHOPをなじませるために、HIPHOPの尖った部分を少なからずマイルドに「変換」しているし、HIPHOP的な文脈を作中のストーリーに「翻訳」する処理がなされている。

 要するに、翻訳とか変換とかを挟まずに「生(き)」HIPHOPを摂取できるようなアニメが欲しかったのだ。

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http://www.taikaisyu.com/27-03/28.html

 そこで出てきたのが「オッドタクシー」だったわけである。この作品ではなんといっても本物のHIPHOPアーティストが製作に噛んでいる。楽曲提供のみならずサントラに至るまで。しかもSUMMITやSIMI LABというHIPHOPの中でも特にアングラとサブカルを縦横無尽に行き来するユニット(レーベル)が関わっているというのが衝撃的だった。*2

 

HIPHOPとの距離感

  そしてもうひとつ感心させられたのはHIPHOPとの距離感だった。

 感覚的な話になってしまうが、これまでHIPHOPの絡むアニメ等では「ラップやってます!」感というか、HIPHOPやってます!」感が強すぎたのではないかと思う。特にメディアにおけるラップのイメージをダサくしているのが、いかにも「ラッパーでござい」みたいなファッションとかラップの仕方(フロウ)なのはもう明らかであって、そういうステレオタイプな演出に視聴者はもう飽き飽きしていたんじゃないだろうか。

 そこを行くと「オッドタクシー」のヤノは異色だ。なんていうか……ラッパーが演じているのにラッパーじゃない! もちろんヤノはHIPHOP文化に強い憧れやリスペクトを持っているキャラなのだが、本職はギャングスターであってラップはあくまで彼の「言語」にすぎない。

 ヤノは喋るとき必ず韻を踏みながら喋る、という癖がある。まぁ実際に文字起こしを見てみよう。

しつこいし長げーしうるせーよ着信音
こっちだって色々抱えてんだよサブミッション
ある依存症の薬キメて寝てぇけどコンテナ船
もううるせー
もうしませんもうしませんって
そろそろ名申しません? そんで誰

あぁおかよマネージャー a.k.a. 山本
ちょっとおせーじゃ ねーか
抱えてる案件ヤマ)もっと
たくさんあるんだろうけど
Time is money じゃあねーのかよマネージャー
早いとこ来ねーとあいつの二の
そうこの前言った倉庫の前

 ヤノの喋り方にはかなり癖がある。いわゆるオーソドックスなラップの仕方として一般的に想像されるのは偶数小節末で韻を踏むやつ*3だと思うが、ヤノの韻はかなり混線している。しかも韻を強調した喋り方をあまりしない上に、いわゆる子音踏み*4や語感踏み*5が極端に多いため、かなり玄人好みの韻だといえる。

 もうひとつ特徴的なのはヤノのフロウ(歌い方)で、これはかなり日常会話に近い抑揚でラップをしている。先述の「韻をあまり強調しない」というのもそうだが、ヤノはあくまで日常生活の中で言語としてラップを取り込んでいるので、音楽的な聞き心地を優先して歌謡っぽい発声をしたりはしない。演者であるMETEORのフロウが元々かなり独特というのもあるが、それだけでなくこれは演出的な要請ではないかと思う。ヤノの喋りはあくまでラップミュージックと日常会話の中間なのだ。

 ちなみに普段喋るのと同じようなテンションでラップするラッパーはそこそこいるのだが、代表的なのはやっぱり漢a.k.a.GAMIだと思う。特に漢さんは普段喋ってるだけでもなんかラップしてるみたいな風格があるし、実際フリースタイルラップをやってるひとは多かれ少なかれ日常会話の中にもフリースタイルを意識していると思うので、そういう意味でヤノがラップっぽい日常会話をするのはすごく「っぽいな」と思う。*6

 

 そしてこの「日常とラップの中間」というのが非常に重要だと思う。HIPHOPってライフスタイルだから、普通に日常生活の中に取り込まれているべきものなんだよ。「俺、ラップやってます……!」みたいなのがなんか違うのはそういうところで、「普通に生きていること自体がHIPHOP」みたいな、そういうのがよりHIPHOP的だと思う。*7

 で、ヤノは本当にそういう意味でHIPHOPなキャラで、もちろんアウトローとしてのかれの生き様みたいなのもそうだし、息を吸うようにラップのことを考えてそうなのもそうだし、何よりそれがひとつの個性として作品全体を通してみてもあまり「浮く」ことなく光っているのが素晴らしいと思う。

 ついでに言えば、ヤノを取り出してみるまでもなく、「オッドタクシー」のサントラはHIPHOPアーティストたちが作ったHIPHOPサウンドなわけで、そういう意味で視聴者は「いつの間にか」HIPHOPの世界に巻き込まれている。PUNPEEが手掛けるOP曲は当然ながら、三森すずこだってEDでラップ調の歌い方をしてるし、ミステリーキッスの楽曲を作ったのも(にわかには信じられないけど)バチバチHIPHOP出身のVaVaだし、そういう濃淡のあるHIPHOP表現へとシームレスに視聴者を誘導しているのがこの作品なのである。

「オッドタクシー」は視聴者とHIPHOPとの間にあったはずの距離感をいつの間にか「無化」している。気がつけばHIPHOPの中に自分がいる。そんな不思議な感覚をくれるのだ。

 

アウトロー文化

 あと忘れちゃいけないのは、さっきも書いた通り、ヤノがギャングスターで犯罪者であるということ。HIPHOPアウトロー文化は切っても切れない関係であり、この作品はしっかりそこも意識している。別にHIPHOPって不良だけの音楽ではないと思うんだけど、ただそういうイリーガルなものを無視しない、そういうのを直視していく、というような社会的な要素の含む音楽であることは間違いない。

 それこそPUNPEEやMETEORはぜんぜんギャングスタ・ラップのスタイルではないし、もっと明るい(?)作風のプレイヤーだが、でもそういうかれらが作り上げた作品が、しっかりギャングスタの文脈を押さえているというところが尊い

 それに、ヤノのみならず「オッドタクシー」には犯罪を計画したり加担させられたりする登場人物たちが多数登場する。この作品はデフォルメが効いてるけど、描いていることはけっこうシビアな社会そのものだ。そういう硬派なところもある作品だからこそ、HIPHOPを扱うのに相応しいと思う。

 HIPHOPのイリーガル性というのは、「法に抗うことのカッコよさ」みたいなのも多分あるのだが、でも別に不良礼賛とかそんな単純な話ではなくて、「ただそこにある現実」を綺麗事抜きに、あるがままに語ろうとする試みなのではないかと思っている。「オッドタクシー」の製作チームはおそらくそのことをちゃんと理解しているし、だからこそこういう作品が作れる。その意識の高さに感心させられるのである。

 

 おわりに

 最後に、これはちょっと単なる個人的な好きポイントなんだけど、ヤノが喋りだすときだけBGMにキック&スネアが入ってHIPHOP色が増すのがめちゃめちゃ好き。でもこれ視聴者だからビートが聞けるけど作中現実ではビートはないからヤノがずっとアカペラで喋ってるだけなんだよな……と思うとちょっとおもろい。METEORさんはこれを機に「ヤノEP」とか出してどんどんビッグになってほしいな……。

 というわけで絶賛放送中の「オッドタクシー」だが、第12話のサブタイはなんと「たりないふたり」だった。漫才とHIPHOPが好きなひとなら、この言葉の重みがわかるはずだ。まさにこの作品を象徴するような言葉でもある。

 本編も完結目前だ。しっかりと見届けたい。

 

*1:ヒプマイのことはめっちゃ好きです

*2:個人的に、SIMI LABのメンバーがアニメの製作に関わっているという事実は、漢a.k.a.GAMIがフリースタイルダンジョンに出演して以来のビッグニュースだと思う。

*3:俺がNo.1 HIPHOP dream、不可能を可能にした日本人、みたいなやつ

*4:同音異義語で踏むこと。「そうこの前」「倉庫の前」みたいなの

*5:完全に母音が揃っていなくても語感で踏むこと。「そう戦友だったよ昔はな」「ボスの前に咲く二人花」のように文頭と文末だけ韻になってるケースなどが多い

*6:あとフリースタイル(即興)だと韻が小節末とかに限らず思いついた順に発せられることも多くて、ヤノの喋り方はそういう点ですごくフリースタイルっぽい。

*7:ZORNじゃん