偽史邪神殿

なんでも書きます

『ドールズフロントライン』×『VA-11 Hall-A』コラボイベントの思い出

「私は今、〝まやかし〟のものに泣かされてるんだって。物語も登場人物も全部つくりもの。

「でも、つくりものだろうが何だろうが、どうでもよかった。じゃあ〝現実〟も同じように考えたらいいんじゃない?ってその時思ったの。

「私が誰かの想像の産物に過ぎないとしても、それでもあなたのことを大切に思ってる。

「…少なくとも自分にそう言い聞かせた。そうやって徐々に立ち直っていった。」

                   ──ドロシー・ヘイズ from『VA-11 Hall-A』

 

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 スマホゲーム『ドールズフロントライン』で行われている『VA-11 Hall-A』コラボイベントがひそかに話題になっている。……とはいってもこのイベントは10月8日で終わりなんだけど。というわけでこの記事はドルフロの宣伝をするというよりは、むしろそこで「何が起こっていたのか」について語るものになると思う。

 スマホゲームとはコラボしてなんぼのものである*1

 しかしまた世のスマホゲームで無数に行われている他作品コラボレーションのうち、それなりに力を入れ、成功しているものがどれだけあるかというと……これは分からない。当然、キャラクターだけ借りてきて適当にやっているものも多いし、お話も番外編的な与太話になってしまうこともある。そもそも多くのスマホゲームは独自の世界観を持っているから、他作と安易にコラボしてしまってはもうお話の一貫性などあったものではない。

 そんな中で、コラボイベントの課題に正面から立ち向かい、スマホゲーム自体の面白さとコラボ相手の魅力をそれぞれ存分に活かしきったのがドルフロのVA-11 Hall-Aコラボだ

 このコラボイベントは魅力的な世界観を持つ二つのSF作品を巧妙に接続させた上で両者の内容を上手く止揚させた類稀なる作品だ。アンドロイドと人間、世界の終わりと精神の問題がメタフィクションの構造を自在に操る異様の語り口で描き出している。

 以下ではコラボイベントのシナリオの話に結末まで触れている。でもVA-11 Hall-Aのネタバレとかにはなっていないし、今後ドルフロをプレイする上でも特にノイズになるようなことは書いてないと思う。多分。

 

 

VA-11 Hall-A ヴァルハラ - PS4

VA-11 Hall-A ヴァルハラ - PS4

 

 

1. そもそもドルフロとVA-11 Hall-Aという二つのゲームについて

 この二つのゲームには分かりやすい共通点があって、それは海外で作られたコンテンツであるということ、そして日本のサブカルから強い影響を受けているということだ。

 ドールズフロントラインは少女前線という名前でサービスが始まった中華ゲーで、古今の銃器をモチーフとした戦闘用のアンドロイドの少女たち(戦術人形グリフィン人形などと呼ばれる)が、暴走して人類の敵となった人形たち(鉄血工造)と戦う物語だ。だいたい2061年以降を舞台にしている。

 ゲームシステム自体はこの手の擬人化ゲームの中で特に珍しいものではないけれど、基本的に戦術シミュレーション(戦闘)とストーリーの二本立てで進み、合間合間に人形の育成を行っていく。

 一方のVA-11 Hall-Aはベネズエラ発のADVゲームで、2070年代の退廃的なサイバーパンク都市グリッチシティバーテンダーとして暮らす物語。主人公(ジルという女性バーテンダー)はバー「VA-11 Hall-A(ヴァルハラ)」にやってくる客たちに注文通りのカクテルを提供しつつ生活していく。

 このゲームの最大の特徴は、カクテルを上手く作れるかどうかでストーリーが分岐していくところ。

 そしてそのストーリーを通じてグリッチシティという特殊な空間で「何が起こっているのか」を垣間見ていく。作者はあまり親切ではないので、プレイヤーは登場人物たちの断片的な会話や、日々のニュース、ちょっとした事件などからこの世界で何が起こっているのかを想像していく。

 

 この辺りは語りだすときりないので最低限のところだけなぞることにして、コラボの話をしたい。

 

2.『VA-11 Hall-A』コラボの概観

 このコラボは本当に楽しかった。何が楽しかったって、ドルフロの良さとVA-11 Hall-Aの良さがてんこ盛りだったところ。

 コラボイベントはざっくり説明すると以下のような構成になっている。

①イベントシナリオ(合間にいつものドルフロの戦闘が入る)→ バーテンダーパート(元々のVA-11 Hall-Aとまったく同じシステムでカクテルを作る、ジル視点)③新たにイベントシナリオが開放される→(繰り返す)

 ……要するにドルフロ流の戦闘とVA-11 Hall-A流のカクテル作りが交互にできるようになっているというわけで。しかもBGMやSEまでしっかりとVA-11 Hall-Aのものが使われているし、シナリオや会話もVA-11 Hall-Aのテイストとドルフロのテイストがミックスされているという気合のいれよう。

 じゃあそのイベントシナリオっていうのはどういうものだったのか。これが少し複雑だ。妙なことに①のシナリオパートと②のバーテンダーパートでは話の内容が大きく変わってくる

 

 ①の世界観はドルフロのものでもVA-11 Hall-Aのものでもない。そこでは地球の自転が止まり砂の雨が降り、やがて滅びゆく未来世界(?)が描かれ、そんな世界でなんとか生きているアンドロイドたちの街グリフィンシティグリッチシティではない)が舞台となる。このグリフィンシティでは戦術人形やリリムたちが街の中心となり、数少ない生き残りの人間たちは先住民として肩身狭く暮らしている。

 お話はそうした先住民の人間であるデイナ(VA-11 Hall-Aに出てくる主人公の上司)が、砂漠で休眠についていた戦術人形のSuper-Shorty(もちろんドルフロのキャラ)と出会い、Super-Shortyを助けるところから始まる。Super-Shortyはいったいなぜそんなところにいたのか。その理由は三年前に行われたある作戦にあった……。

 という話が進みつつ、グリフィンシティで内乱が起こったり、世界を支配していたテラコンピューターという謎めいた機械の存在が明らかになったりしつつ、VA-11 Hall-Aのキャラとドルフロのキャラが入り混じって世界の危機に挑んでいく。

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せかいのきき

 

 これに対して②のお話は大きく毛色が異なっている。②のバーテンダーパートで語られるのは「民間軍事会社グリフィンがVA-11 Hall-Aの舞台・グリッチシティにやって来る」という話。VA-11 Hall-Aの主人公ジルが普段通りにバーで働いていると、グリフィンに所属する人形たちがバーを訪ねてやって来る。彼女たちにカクテルを用意し、雑談を通してこの世界の歪みや美しさに気付いていく。まさしくVA-11 Hall-Aらしい語り口だ。

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カクテルをつくる

 

 さて。同時並行して語られる①と②の二つの物語。それらははたしてどのように繋がっていくのだろうか。そしてまたドルフロとVA-11 Hall-Aの世界はどのように邂逅していくのだろうか。

 それを見ていく前にまず、こうしたコラボ作品ではえてしてどのような手法が取られるものなのかを考えていきたい。

 

3. 世界観をつなげる

 世の中にはいろいろなコラボ作品がある。そもそも現実世界と地続きの作品同士なら特に難はないが、作品の虚構性が高まっていけば行くほど二つの作品をすり合わせることは難しくなる

 ドルフロとVA-11 Hall-Aは世界観の上で極端に違ってはいない。どちらもアンドロイドが登場する(ドルフロならグリフィン人形、VA-11 Hall-Aならリリム)し、舞台は21世紀後半だ。しかし一方で、ドルフロは第三次世界大戦の勃発をはじめとする戦乱の世界を描いた話だし、VA-11 Hall-Aは閉鎖的で混沌とした様相を呈する街グリッチシティの内部だけで話が展開される。

 さて、この場合どうしたら良いのか。策は二つある。

 どちらか一方のキャラクターをもう一方の作品世界に連れてくるか

 あるいは、メタの仕掛けを使うか

 

 例えば『WORST』と『HiGH&LOW』のコラボである映画『HiGH&LOW THE WORST』では、WORSTのキャラクターたちがHiGH&LOWの登場人物たちが住むSWORD地区に乗り込んでくるところから物語が始まる。

他作品の連中がこちら側にやって来たらどうなるか?

 なるほどまさに正面からの解決法と云える。

 しかしこれだけでは難しい部分もある。そもそもなんで他作品のキャラクターがこちら側にやってくるわけ? それにこの方法ではキャラクターを移送してくることができても世界観を移送してくることはできない*2

 それでは困るのでもう一つの戦略を用いる。

 

 メタの仕掛けを上手く利用した例は映画『フレディVSジェイソン』だ。『エルム街の悪夢』と『13日の金曜日』をコラボさせたこの映画では、フレディの拠点であるエルム街とジェイソンの拠点であるクリスタルレイクを接続する必要があった。そのため、この映画は「夢に現れる」能力を持っているフレディがジェイソンの夢*3に現れ、彼がエルム街に来るように誘導するところから始まる。そしてこの「夢」を通じて二人の物語は接続し、やがて直接対決までもつれ込んでいく。

 実際、夢とかパラレルワールドとかifとかっていうのが、非日常の世界観を接続するのにいかに便利かというのは毎年ドラえもんの映画を見に行っている皆さんなら簡単に分かると思う。けれどもこの手の手法は便利なだけに、安易になりがちというか。上手く使わないとどうしても「どうせifなんでしょ」という冷めた感触が出てきてしまいがちだ。*4先述の『フレディVSジェイソン』はこの辺りの処理も上手く、夢を多用しすぎず最後にはフレディを夢から引きずり出してしまうし、ホラー映画の文脈だからこそ成立するものがなんなのかをよくわきまえているように思うけど、この点の匙加減は本当に難しい。

 

4. グリッチシティとグリフィンシティが繋がる瞬間

 コラボイベントの話に戻そう。前項で見た二つの手法のうち、「どちらか一方のキャラクターをもう一方の作品世界に連れてくる」というのは②のバーテンダーパートで行われている。では①はどうなのか?といえば、これはもちろん「メタの仕掛け」を使っているに他ならない。

 シナリオが進むに連れていくつかの事実が明らかになっていく。

 ひとつは①において、テラコンピューターという存在がどういうわけか世界を滅ぼそうとしていること。Super-Shortyを始め作中人物たちはそれを必死に阻止しようとするが、VA-11 Hall-Aの登場人物のひとり、アナによって世界の崩壊はどんどんと進行していく。

 一方②においては、バーを訪ねたHK416(アサルトライフルの戦術人形)が姉妹仲をこじらせた末にカクテルを一気飲みして昏睡状態に陥る*5

 そして①の世界が②の世界においてHK416が見ている夢に過ぎなかったことが明らかになる

 この場合の夢というのは、つまりアンドロイドである416のコンピューターの中で起こっている演算でありシミュレーションだ。いったいなぜこんなことが起こってしまったのかといえば、ジルの体内のナノマシン(VA-11 Hall-Aにおいて人間の市民に植え付けれられているテクノロジーであり、ジルはこれのせいで色々不便な思いをしたりする)が416に偶然伝播してしまったために様々な支障が生じたためなのだが、それはさておき。とにかく①の物語は「アンドロイドの夢」であり、その中で起こる世界の破壊はジルの内面的葛藤が反映されたものであったことが明らかになっていく。

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416が呑みすぎたばかりに……

 ただの夢とは云えど、①の世界はあまりに肥大しすぎてしまった。その内部では人格のある個人が何人もいる*6し、夢の中で暴走を続けるナノマシンを止めなくてはならない。

 ここで巧いのは、①の世界においてVA-11 Hall-Aのキャラとドルフロのキャラが入り交じる展開に、「この夢がジルと416の記憶によって成立しているから」というちゃんとした理由がつくところで、これを踏まえたうえで①の物語はVA-11 Hall-Aキャラとドルフロキャラの「夢の」共闘展開へと発展していく

 物語はVA-11 Hall-A本編でも重要となるジル本人の内面の問題へと繋がり、彼女自身が自分の気持ち──特に人間関係に関する過ちなど──と折り合いをつけることが肝となってくる*7そして彼女が夢の中で起こった出来事を「ひとつの可能性」として受け止め、あり得たかもしれないすべての事象と対峙したことで夢は解かれ、416は目覚める

 

5. 本物と偽物

 人間からあらゆる部品を引き算していったとき──最後には髪の毛一本とかだけが残る──それはどの段階で人間ではなくなるのだろうか。水槽に浮かんだ脳は人間といえるか? あるいは思考することが人間の本質と本当に云えるか?

 じゃあ逆にいろんな部品を足し算していったとき、それはどこかのタイミングで人間になれるのだろうか。工業部品だけから人間を作ることはできるのだろうか。それとも神の御手のごときものでなんらかの恩寵を与えなくてはそれはいつまで経っても人間ではないのだろうか。

 もしここに人間と区別のしようのないアンドロイドがいるとして、それを人間とみなしてはどうしていけないのだろうか。

 そもそも自分が誰かの見ている夢の中の登場人物かどうかも証明できないのに、そんな区別に意味なんてあるのだろうか

 VA-11 Hall-Aはこうした疑問を度々突きつけてくる作品だ。グリッチシティには人間と区別のつかないリリムが沢山いるし、水槽に浮かんだ脳も暮らしてるし、言葉を話す犬だっているし、猫耳の生えた少女だっている。彼らはそれなりに差別の眼や偏見の視線を感じつつも生きているけれど、結局そんな区別は思考する側の問題でしかないのだと少し淡白な口調で語られていく

 これはこの作品独特のセクシャリティの描き方にしてもそうで*8VA-11 Hall-Aはバーという空間で他者と強制的に向き合いながら、それを肯定することも否定することもせず、少しカジュアルに受け容れて、でも然るべきときには正面から対話する。そういう物語なのだ。

 

 それを踏まえて改めてコラボイベントのシナリオを見てみたい。物語の半分は夢オチで終わる。でもその夢は、「現実と見紛う虚構=現実とみなしても良い虚構」としてグリッチシティにおけるジルの物語へ還流し、コラボイベントという壮大な法螺が、しかし法螺であるということ自体を強みとしてひとつの可能性を大胆にプレイヤーに提示してくる。

 

6. ヴァルハラの夜明け

 メタフィクションとは諸刃の剣だ。読者と作者の距離を縮め、より直接的にメッセージを伝えることができるという強みを持ちつつも、それをやり過ぎれば物語は茶番になってしまう。

 このイベントにしてもそうだ。夢が醒めることで①の世界は完全に崩壊する。そこにいた登場人物たちも物語も消滅してしまう。しかし、①のシナリオで語られたSuper-ShortyとIDWの熱い友情の物語が、あるいはジェリコとステラの間で揺れるセイの葛藤が、単なる泡沫の夢として片付けられてしまうのはどうしても悲しい。

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Super-ShortyとIDWのエピソードほんと良かったね……(昇天)

 だが、このイベントではその不満感が最後の最後に見事な形で解消される。

 416の見た夢。それはアンドロイドの思い描いた演算であるがゆえに、データとして民間軍事会社グリフィンに記録されていた。そしてそのデータを元に、Super-ShortyやIDWといった夢の中のグリフィン人形たちの、はたまたデイナやセイといった夢の中に出てきたVA-11 Hall-Aキャラたちの人格が再現される。そして彼らは「グリフィン人形」という形で新たにアンドロイドの肉体を与えられ、②の世界への転生を果たすのだ。

 ここに来て①の物語は完全に②への合流を果たしひとつの可能性だった物語は現実に繋がる*9そしてまた、夢の中だけの共演を果たしていたVA-11 Hall-Aとドルフロの面々は、ここでついに本当の意味でのコラボレーションを果たす。VA-11 Hall-Aのキャラクターたちはこの数奇な転生を経て、ひとつの可能性として、しかし同時に現実の事象としてグリフィンの一員に迎えられたのだ。

 

 そんなのただの辻褄合わせじゃないかって?

 けっきょく上っ面だけコピーした人形じゃあないかって?

 

 でも本物と見分けられない嘘なら、本当だと思ったっていいじゃないか。

 

*1:ヴァーチャルユーチューバーもコラボしてなんぼのものである。

*2:『HiGH&LOW THE WORST』ならワーストとハイローの双方がヤンキー漫画の文法で成立しているので世界観云々は気にする必要がないけどね。

*3:ジェイソンも夢を見るのだろうか?

*4:これは型月とマーベルの悪口です。

*5:人形でも酔うし、内部機関がおかしくなることだってある。

*6:416とジルの個人的な友人に限るけど

*7:セカイ系じゃん。

*8:事情が複雑なので言及はしないけど

*9:少なくともドルフロの世界における現実として